Dan氏に,なぜ,追いつけると感じたのかが,分かったような気がする.
分野が近いから,歳が近いから,単に僕が自信過剰,色々考えたが,
私自身、どちらかというと「考え」よりの人間だ。しかし「悩み」よりの部分もあって、だからこそ私より深く賢く考える人々の大多数よりも金銭的には「うまく」やった。
この言葉が示すとおり,理由は,彼には限界があったから.
そして,僕には,自分の限界が把握しきれてないから.
ようするに,僕は,自分についての見積もりが甘い.
余裕と思っていたら,全然,余裕でなく,壁にぶつかったり,
余裕じゃないと思っていたら,案外,あっさりこなせたり.
僕の損得考えたときの行動は,保守的.
何も考えてない(素の状態)の僕は,非常識である意味ばか.
考えるに,もし僕が,ブログで成功できたなら,「考える」側,と書こうとして,違うかもしれないと感じた(思ったのか,どっちかもうわからない).
「考える」側と考えたのは,ブログは,基本,文字で表現するものだから.
けど,違うような気がする.なぜなら,僕は,
人は,言語化できないことを,実は無意識に言語化してるのでは,と思ったのである.
そう考えると,数学の直観主義が形式主義で記述できたように,
彼らは、「考える」以上に「悩む」。「考える」は、思考を練ること。「悩む」は意思を鍛えること。この両者は似ているようでかなり違う。一番簡単な違いは、前者の極意は本に書き下ろせるが、後者は今の頃無理だということ。
後者も,書き下ろすことができるかもしれない.
そうなれば,誰もが,CEO.
それが,すばらしいかどうかは,別の話だが.
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